安岡を、知る
響灘に面し、山から海へと水が流れるまち。下関市中央に広がる安岡地区の、自然・歴史・暮らしの魅力をご紹介します。
16.40km2
地区面積
約14,200人
人口
3駅
JR山陰本線駅
約400ha
耕地面積
1 安岡地区の概要
安岡は、山から海へ傾く明るいまち
安岡地区は、下関市の中心部から北へ約10km、新幹線・新下関駅の西約4kmに位置しています。山陰本線の安岡駅を中心に、東西約3km・南北約4kmの広がりを持つ、響灘に面した田園・漁村地帯です。
地形の特徴は、東と北に連なる山地から、響灘に向かってなだらかに傾斜していること。山すそには約400ヘクタールの耕地が広がり、その間を友田川などの河川が流れて海へと注いでいます。海・山・川がひと続きにつながった、安岡らしい風景の土台がここにあります。

写真の上部左が「安岡っ子の父なる山・オン鋤先(583m)」、右が「母なる山・メン鋤先(493m)」。です。

「東及び北の山地からなだらかに海に向かって傾斜した明るい地域」
── 下関市「安岡の概要」より
2 安岡地区の歴史
村から町へ、そして下関市の一部へと歩んできました。
1889年(明治22年)
町村制の施行により、富任・蒲生野・安岡・横野・福江の各村が合併し、豊浦郡「豊西中村(とよにしなかそん)」が発足。
1902年(明治35年)
安岡地区でネギ栽培が始まる(安岡ねぎの起源)。水不足の土地で先人が工夫を重ねた
1910年(明治43年)
豊西中村から「安岡村」へ改称。
1914年(大正3年)
長州鉄道(現・JR山陰本線)が開通し、安岡駅・福江駅が開設。下関市街へのアクセスが大きく向上。
1925年(大正14年)
安岡村が町制施行し「安岡町」となる。
同年、鉄道の幡生以北が国有化。
安岡町が下関市へ編入。以後、下関市のまちの一部として歩む。
下関市のベッドタウンとして発展。農業・漁業・住宅が共存し、2005年には済生会下関総合病院が地区東部の山すそに移転するなど、暮らしの環境も整ってきました。
※ 数値・年号は下関市「安岡の概要」および公開資料をもとに記載しています。
3 自然ー山・川・海
友田川をたどる、安岡の自然
東の山地に源を発する友田川は、安岡の暮らしのそばを流れ、響灘へと注いでいきます。その流れに沿って、上流・中流・下流の3つの風景を歩いてみましょう。

友田川のはじまり、深坂のため池
友田川の旅は、地区東部の山あいから始まります。竜王山・鋤崎(すきさき)山に降った雨は、「深坂(みさか)自然の森」のため池に集められ、友田川の源流となります。
約250ヘクタールにおよぶ市有林に整備されたこの森は、四季の草木や野鳥、水辺の風景に親しめる場所として、市民に親しまれてきました。静かな水面から、安岡の自然の物語が流れ出していきます。
>>【工事中】詳しく見る:友田川上流域・深坂自然の森(エコピアの森)

暮らしのそばを流れ、ほたるが舞う
中流域に入ると、友田川は安岡の暮らしの風景へとぐっと近づいていきます。住宅地や学校のそばを流れるこの川は、自然と生活がつながる安岡らしさを感じさせる存在です。
初夏になると、友田川の周辺ではほたるが見られることがあります。安岡小学校では、このほたるをテーマにした学習にも取り組んでおり、子どもたちが身近な自然を知り、守っていこうとする思いが、次の世代へと受け継がれています。
>>【工事中】詳しく見る:友田川中流域・ほたるのいる川

「山口県観光サイト」より
海へひらける流れと、暮らしの近さ
友田川の下流域では、川はまちの景色に寄り添いながら、やがて響灘へと注いでいきます。山地から始まった水の流れが海へとひらけるこの一帯は、安岡の自然の終着点であると同時に、暮らしの利便性が感じられる場所でもあります。
河口の近くには安岡海水浴場が広がり、響灘の青い海と砂浜は、地元に親しまれた夏の憩いの場です。周辺には駅やスーパー、医療機関も身近にそろい、自然を感じながら日々の生活を送りやすい環境が整っています。山・川・海のつながりと、暮らしやすさをあわせ持つことが、安岡ならではの魅力です。
>>【工事中】詳しく見る:友田川下流域・響灘と安岡海水浴場
